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弁護士 中島成 先生

ソフトウェア、コンピューターシステム等を巡る紛争解決とADR

2019年12月24日
著者: 弁護士 中島 成

2020年4月1日の改正民法債権法施行まで、残り3か月となりました。
品質、システムにおいては特に非機能要求である性能については、機能要求と異なり揉めやすい項目です。
機能要求は、できる・できないがはっきりしているのに対して、性能などの非機能要求は予め数値目標などをしっかり定めなければ白黒をはっきりさせられないからです。

システムが社会の隅々までインフラとして、日常のツールとして浸透していく現在、システムを巡る潜在的なトラブルは増加しており、改正民法債権法で一気に顕在化されると思われます。
その全てを裁判で解決するのは、費用や時間、労力の面で非効率的であり、また、裁判は人間関係を悪化させ、顧客とベンダーの関係を壊してしまいます。
また、システムを巡るトラブルは、内容が複雑であるため、本当に内容を裁判官に正しく理解してもらえるかどうかの不安があります。

そこで、現在、法務省や経産省などが進めているのが、ADR(裁判外紛争解決手続き)です。
ADRとはどのようなものであるのか、弊社顧問弁護士の中島成総合法律事務所 代表の中島先生に解説して頂きました。

ADRとは何か

ADRとは、Alternative Dispute Resolution(代わりとなる紛争解決)の略で、「裁判外紛争解決手段」を意味する。
2007年4月に施行されたADR法(※)は、この裁判外紛争解決手続を「訴訟手続によらずに民事上の紛争の解決をしようとする紛争当事者のため、公正な第三者が関与して、その解決を図る手続」と定義している(同法1条)。

※ ADR法は、ADRの基本理念やADR機関に法務大臣の認証を与える手続等について規定する法律。

ADRによる紛争解決手段

ADRによる具体的な紛争解決手段としては、単に相談を受けることから、あっせん、調停、仲裁という手続が用意されている。
あっせんと調停は共に当事者の和解を目指す手続で、違いは、調停の方があっせんよりも、調停を行う者(調停委員等)が調停案を提示するなどしてより主体的に和解に向けてのイニシアチブを取るという点にあるといえる。
しかし、両者とも当事者の和解を目指す手続という点で共通する。

仲裁は、紛争当事者が解決を第三者(仲裁人)に委ねるもので、紛争当事者が仲裁人の判断に服することを合意(仲裁合意)していることが手続の前提となる。
2004年3月に施行された仲裁法が手続や効力を規定している。

裁判との違い

ADRと裁判の違いは、ADRが当事者の合意による紛争解決手段であるのに対し、裁判は当事者の合意によらない紛争解決手段という点である。
あっせん・調停は、和解という合意による解決を目指すものだし、仲裁は、仲裁人の判断による解決が強制される点で裁判(判決)と共通するものの(※)、仲裁人に解決を委ねるという当事者の合意(「仲裁合意」)が必ず存在しなければならない点で、やはり当事者の合意による紛争解決手段である。
他に裁判との違いとして、ADRでは当該紛争に関する専門性を有する者が解決にあたることや、判決のように法的な争点だけでなく、より広い範囲で当事者間の紛争解決が図れることなどがある。

※ ただし、仲裁判断で強制執行する場合は、裁判所の執行決定を得る必要がある(仲裁法45条)。

具体的なADR機関

ADR機関には、裁判所(民事調停、家事調停)、行政機関(例えば、建設工事紛争審査会、労働委員会、国民生活センター紛争解決委員会)、及び、民間機関の3種があり、民間機関には、ADR法による法務大臣の認証を受けている機関(以下「認証ADR機関」)と、受けていない機関がある。
各弁護士会でも紛争解決センター等のADRを設けているところが多く、これらの中には認証ADR機関となっているところもある。

認証ADR機関は、2019年12月15日現在166あり、法務省が「かいけつサポート一覧」としてWebサイトで紹介している。
なお、認証ADR機関に申立をし、紛争解決に至らず手続を終了した場合でも、手続終了通知を受けて1ヶ月以内に訴訟提起をすれば、認証ADR機関への申立のときに時効の進行が中断したとものとみなされる(ADR法25条)。

経産省においても、潜在的紛争が増加するソフトウェアに関する紛争解決には、迅速性、機密性、専門性が必要で、ADRはそれらの性質を備えているとし、その利用を促すため、ADRの手続進行イメージ動画をWebサイトにアップしている。

ソフトウェア、コンピューターシステム等を巡る紛争解決手段

このようにADR法、仲裁法が整えられ、法務省や経産省がバックアップしている中でも、ソフトウェアやコンピューターシステム開発を巡る紛争にADRが利用されることは、現状、非常に少ない。
認証ADR機関の中で、ソフトウェアやコンピューターシステムを巡る紛争を専門的に扱うソフトウェア紛争解決センターにおいても、公表資料によれば、2018年4月1日から2019年3月31日までの受付事件数は0とされている。

その理由を検討すると、日本では、裁判所・裁判官に対する信頼が非常に厚いため、重大で深刻な争いになった場合は、公正で厳密な判断を求めて裁判所を利用する傾向が強い点にあると考えられる。
コンピューターシステム開発を巡る紛争では、例えば、コンピューターシステムを開発する基本契約があり、開発のフェーズごとに個別契約が定められる。
そのような場合、ベンダーはシステムの完成義務を負っていたのか、また、システムが完成しなかったことにベンダーのプロジェクト・マネジメント義務違反があったといえるのか、発注者側の過失はあったのか、どの程度あったのか等、時系列の中に入り組んだ事実経過に対し、高度で複雑な法的判断・評価を求められる。
このような紛争では、裁判所を利用できなくなる「仲裁合意」の締結そのものに躊躇を覚えると考えられる。
争いの金額が高額な場合は特にそうであろう。

しかし、逆に言うと、無数に発生しているであろう、争いの金額がそれほど大きくなく、当事者間の対立がそれほど深刻ではない争い、例えば、この争いだけ解決できればシステム開発を続けていけるというような場合は、専門家によって短期・公平・柔軟に判断してもらえるADRのメリットは生かせると考えられる。
また、争いが重大・深刻で仲裁合意を当事者が締結することが困難でも、まず専門性のあるADRを和解の場に利用することにだけ、すなわち、あっせんや調停手続を行ってみることにだけ利用するという方法もある。
その中で、もし手続や、あっせん・調停の担当者に信頼が置ければ、当事者間で仲裁合意を締結し仲裁人の判断に解決を委ねるという進行もあり、実際に行われている。

このように、ソフトウェアやコンピューターシステム開発をめぐる紛争であっても、ADRを利用することは今後検討されるべきと考えられる。

ソフトウェア紛争解決センター

認証ADR機関の中で、ソフトウェア、コンピュータシステム、コンテンツ、データベースその他情報技術(IT)に関する民事紛争を専門的に扱う機関が、ソフトウェア紛争解決センター(以下「センター」)である。

解決事例として公表されているものには、次のようなケースがある。

事例1 ― システムに不具合による再稼働の遅延

ユーザーがベンダーに委託して作成されたシステムの不具合で再稼働が遅れている。
ベンダーも不具合の原因がベンダーにあることを認めている。
ユーザーは引き続きそのベンダーとの取引継続を望んでいる、という状況で、ユーザーへの賠償額について当事者で金額が話し合われ、その額の妥当性評価がセンターに依頼された。

仲裁合意はなかったものの、合意ができれば仲裁手続となる場合の仲裁予定人が、当事者の想定合意額が妥当であるという意見書を示して解決に導いた。

事例2 ― 納期が過ぎてもシステムの開発が終わらない

ベンダーに開発委託されたシステムが納期を過ぎても完成されなかった事案で、ベンダーが債務不履行状態にあることを前提に、開発契約を解除し、新たな納期を定め、引き続き同じベンダーが開発を行う、という内容でセンターにおいて和解が成立した。

事例3 ― 開発の遅延

大型システム開発案件で、開発が大幅に遅延したこと等による発注者から受注者への損害賠償請求について、センターの中立評価手続(※)で和解内容が合理的という判断が示されば、発注者2社の内1社に対して約84億円の、もう1社に対して約66億円の損害賠償を受注者が支払うという和解が成立した。
そのうえで、センターに中立評価手続が申し立てられ、センターは、同金額によって解決することが妥当との中立評価を行い、和解の効力が発生した。

※ 中立評価手続:中立の評価人が、技術的な事項等についての評価の提示を行う手続。

最後に

現在、世界的な統一裁判所が存在しないので、国際的なビジネス紛争では、そもそもどちらの国の裁判所を使うかで争いが生じる。
法廷地が、裁判官の国籍、裁判手続、法廷の場所、使用言語等を左右するからである。
そこで、国際ビジネス紛争では、仲裁人を紛争当事者と異なる国の者にする国際仲裁がよく利用されている。
公平感があるからである。

しかし、日本を仲裁地とする国際仲裁の数は非常に少なく、2016年から2018年までをみても、平均15件/年程度に止まる。

日本仲裁人協会や日弁連はこの現状を改善することを目指し、政府もアジアで中核的な国際仲裁センターを日本に整備することを目標として、2018年4月に大阪に国際仲裁専用審問施設がオープンした。
東京における施設も近々の開設が目指されている。

執筆者プロフィール

東京大学法学部卒。
裁判官(名古屋地方裁判所)を経て1988年4月弁護士(東京弁護士会所属)。
日本商工会議所・東京商工会議所「会社法制の見直しに関する検討準備会」委員、東京商工会議所「経済法規・CSR委員会」委員等を務める。

など著書多数。
講演多数。

主な取扱業務は企業法務、事業再生、不動産賃貸借