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法と裁判

民法改正に伴うWebサイトの配信品質の重要性

2016年10月6日
著者: 竹洞 陽一郎

120年ぶりの民法の債権法改正

民法の債権法が120年ぶりの大改正となり、従来積み重なってきた判例が条文へと反映されます。
2017年か2018年の国会の審議で成立して、その翌年に施行となる見通しです。

今回の改正に伴い、Webサイトやインターネットサービスについて、大きな影響があります。

「品質」が条文に入る

請負制作についての品質

従来、請負制作の目的物の瑕疵については、以下の条文が適用されてきました。

(請負人の担保責任)
第634条  仕事の目的物に瑕疵があるときは、注文者は、請負人に対し、相当の期間を定めて、その瑕疵の修補を請求することができる。ただし、瑕疵が重要でない場合において、その修補に過分の費用を要するときは、この限りでない。
2  注文者は、瑕疵の修補に代えて、又はその修補とともに、損害賠償の請求をすることができる。この場合においては、第533条の規定を準用する。

(請負人の担保責任の存続期間)
第637条  前三条の規定による瑕疵の修補又は損害賠償の請求及び契約の解除は、仕事の目的物を引き渡した時から一年以内にしなければならない。
2  仕事の目的物の引渡しを要しない場合には、前項の期間は、仕事が終了した時から起算する。

これが、今度の大改正に伴い、以下のように変わります。

第634条
仕事の目的物が種類又は品質に関して契約の内容に適合しないものであるときは、注文者は、請負人に対し、相当の期間を定めて、目的物の修補を請求することができる。

第637条
請負人が種類又は品質に関して契約の内容に適合しない仕事の目的物を注文者に引き渡した場合(引渡しを要しない場合にあっては、仕事が終了した時に目的物が種類又は品質に関して契約の内容に適合しない場合)において、注文者がその不適合の事実を知った時から1年以内に当該事実を請負人に通知しないときは、注文者は、その不適合を理由とする修補の請求、報酬の減額の請求、損害賠償の請求及び契約の解除をすることができない。ただし、請負人が引渡しの時(引渡しを要しない場合にあっては、仕事が終了した時)に目的物が契約の内容に適合しないものであることを知っていたとき又は知らなかったことにつき重大な過失があったときは、この限りでない。

民法の条文に「品質」という言葉が入るようになったのです。
これに伴い、仕様を実現するだけでなく、非機能要件としての品質も契約履行責任の範疇に自動的に含まれるようになりました。

注目して頂きたいのは、以下の二点です。

契約の内容に適合しない目的物
発注側の要求した仕様を実現するだけでは責任を果たした事にならず、品質も適合させる必要がある。
受注側が品質の不適合を知っていた、もしくは重大な過失によって知らなかった場合は、無期限で責任を負う
受注側が納品時に、目的に適合しない品質のものを納入したと知っている、もしくは重大な過失(適切な品質検査を行わずに納入した等)がある場合は、従来の瑕疵担保責任期間の一年を超えて責任を負う。

これは、私達が工業製品を買う際には、普通に製造企業や販売企業に対して求めている責任であり、社会慣行となっています。
そう考えると、「当たり前の事が当たり前ではない業界にも明文化されて適用されるようになる」だけの事です。

品質の不適合

まず、「品質の不適合」ですが、どんなにビジュアル的に素晴らしいWebサイトを制作したとしても、配信品質が悪くて、表示が遅かったり、エラーが発生するようなWebサイトを制作した場合は、発注企業のユーザや顧客に快適にWebサイトを閲覧してもらうという目的に適合しないわけですから、結果として契約を履行していない事になります。

Webサイトを閲覧してもらう際には、ページビュー数や、直帰率、コンバージョン率がKPIとして参照されます。
これらの数値が悪い場合に、Webページの表示速度が遅い場合には、当然ながら、目的に適合していないと真っ先に指摘を受ける可能性があります。
表示速度が速くても、これらのKPIが悪い場合は、発注側企業のビジネスモデルや商品、サービスの問題と反論できると思いますが、表示速度が遅い場合には、発注企業側のビジネスモデルや商品、サービスの問題であると立証するのは非常に困難です。

何より注意しなくてはいけないのは、Webサイトの品質の問題では、「繋がらない、エラーになる」ことが最も重大な問題ですが、表示までにある一定以上の秒数が経過した場合、それはWebページの閲覧者にとってはエラーと同意義である点です。
もしも係争になった場合に、何秒までであれば許容されるかが焦点となると思われます。
その際に、発注企業が競合としている企業のWebサイトの表示速度よりも著しく遅い場合には、市場競争に耐えうるWebサイトを構築しなかったという意味で、品質の不適合を指摘される可能性があります。

重大な過失

次に、「重大な過失」ですが、「重過失」と呼ばれます。
過失とは「わずかな注意さえすれば、たやすく違法有害な結果を予見することができるのに、漫然とこれを見逃したり、著しく注意が欠けている状態」を意味します。
「重大な過失」とは、注意義務違反の程度が大きい状態を指します。

品質については、計測や負荷テスト等を行う事で、たやすく確認が可能です。
それを行わずに、Webサイトを構築して納品した場合は、品質に注意を払っていないという事になります。

民法は、私法の基本法なので、「品質とは何か」については、個別に定めません。
もし法廷で争うとなった場合には、Webサイトの品質についての過去の裁判での判例や、品質についての慣習、品質についての学説、条理(物事の筋道)が法源(法として援用できる規範)として適用されます。

品質検査の重要性

品質管理・品質検査については、製造業が長い歴史を持っていますし、品質工学や品質管理の学会や組織があり、手法も確立しています。
ソフトウェア開発での品質管理も、日科技連で部会などがありますが、「バグをできるだけ少なくするための品質管理」の色合いが強く、Webサイトの配信品質とは異なる視点です。

世界的には、24時間365日、ISP毎や都市別での定常的な計測によって、Webサイトの配信品質の管理が行われている以上、それが裁判所の判断として使われることは確実です。
「ブラウザの開発者ツールで計測しました」というのでは、品質検査として不十分であるのは、製造業での品質管理手法を鑑みてもお分かり頂けるでしょう。

サービス提供についての品質

これは請負制作だけに関係する話ではなく、SaaS、クラウドプラットフォーム、Webサービス等のインターネットサービスを提供している場合にも、以下の新設される条文にて、品質が問われるようになります。

第570条
売主が種類又は品質に関して契約の内容に適合しない目的物を買主に引き渡した場合において、買主がその不適合を知った時から1年以内にその旨を売主に通知しないときは、買主は、その不適合を理由とする履行の追完の請求、代金の減額の請求、損害賠償の請求及び契約の解除をすることができない。ただし、売主が引渡しの時にその不適合を知り、又は重大な過失によって知らなかったときは、この限りでない。

売主の追完義務について、次のような規律を設けるものとする。
(1) 引き渡された目的物が種類、品質又は数量に関して契約の内容に適合しないものであるときは、買主は、売主に対し、目的物の修補、代替物の引渡し又は不足分の引渡しによる履行の追完を請求することができる。ただし、売主は、買主に不相当な負担を課するものでないときは、買主が請求した方法と異なる方法による履行の追完をすることができる。

この規定によって、SaaSなどのインターネットサービスを提供している企業は、「表示速度が遅い」というような品質が悪い場合には、高速化することを義務として負うようになります。

また、従来は「金額が安いから、この程度の速度」といった言い訳ができたのですが、この新設された条文によって、価格戦略の見直しが必要になってくるでしょう。
料金の安さが、品質の低さの言い訳として使えなくなるからです。

「品質」について競合他社より先に動くから差別化に繋がる

この民法改正に伴う品質についての責任を「重荷」と見るか、「機会」と見るかで、ビジネスが大きく変わります。
「重荷」として考えるのであれば、新しい改正が施行されて、実際に案件で問題になってから対処すれば良いという考え方もできるでしょう。

しかし、現状の日本のWebサイトの配信品質が悪く、表示速度については回線業者や携帯会社の努力に頼っている現状を考えれば、今、先手を打って、品質の高さを差別化要因としてビジネスを展開すれば、今後のWeb制作の受注で大きな違いを生み出します。

インターネットは、ムーアの法則に従って、参加するネットワークが増えています。
今後も混雑していく一方であり、CPUのムーアの法則は物理法則上の細密化の限界があるのに対して、ネットワークについてはそれが無いからです。
そして、Webサイトもドメイン数も増えていく一方であり、減ることはないでしょう。

回線帯域の増強や、5Gのような新しい通信技術にだけ頼っていたのでは、増大し続ける通信容量が齎す遅延に巻き込まれて、遅いWebサイトから抜け出せません。
表示速度の遅い、発注企業が目的とするWebサイトとしては品質を達成することは出来ません。
その結果、受注金額の減額であったり、無償での追加作業、最悪の場合は損害賠償が求められる事になります。

「やらなければいけないから、品質についてやる」のではなく、「チャンスだから品質についてやる」ことを始めてみませんか?
配信品質の高いWebサイトは、直帰率、ページビュー数、コンバージョン率などが向上し、検索順位も向上します。
配信品質の高いWebサイトを制作することは、発注企業のためになり、その評価が、Web制作会社の市場価値を高めるのです。