株式会社Spelldata

〒100-0004
東京都千代田区大手町一丁目7番2号
東京サンケイビル27階
Tel: 03-3242-3150
Fax: 050-3488-8836
営業時間: 土日・祝日を除く 9:00〜17:30

コンビニエンスストア

プログラミング教育は、21世紀の必須教育

2016年6月17日
著者: 竹洞 陽一郎

プログラミングは才能?

Web担当者Forumの「企業ホームページ運営の心得」で、「プログラミング必修化に欠けている才能という視点」という記事を読みました。
まず、すっぽり抜け落ちているのが「プログラミングは才能」だという身も蓋もない事実。小学生から野球を始めても、イチローのように活躍する人もいれば、一度もレギュラーになれずに終わる野球人生もあるように、プログラミングにもそれに適した才能が必要です。 プログラミングの才能とは、「読解力」「文章力」「構成力」といった国語の力とほぼ同じ。なぜなら、プログラミングは、ロジック=論理の構築だからです。プログラムの「目的」「仕様(条件)」を正しく理解し、最適解をプログラミング言語に置き換える作業がプログラミング、つまりは「作文」です。

ちょっと待ってください、才能が無いと、学んではダメですか? 学校で学ぶ、国語・算数・理科・社会・英語は、才能が必須ですか? 違いますよね。

これらの教科を学ばせるのは、社会で生きていくために必須の、最低限必要な知識・身に着けるべき能力だからです。社会が高度化すれば、当然ながら、学ぶべき最低限の知識・身に着けるべき能力は増えて当然です。

今の国際社会では、プログラミングは、社会で生きていくための必須の知識・能力です。

アメリカのオバマ大統領のメッセージ

そこで、この動画を観てみて下さい。 そんな事を言ってる場合ではないと、ハッとさせられると思います。

この動画で印象深いのは、この個所です。

アメリカという国が最先端であり続けるためには、皆さんのような若いアメリカ国民に、今後の世界のあり方を変えるようなツールや技術について学んでもらわなければならないのです。
だからこそ、皆さんに参加をお願いしています。
(中略)
初めからコンピュータ・サイエンスの専門家の人なんていません。しかし、少しの努力と数学と科学の知識で、誰でもコンピュータ・サイエンティストになることができます。

そもそも才能とは何か?

そもそも、才能とは何でしょうか? ジャーナリストのマルコム・グラッドウェルが書いた「天才! 成功する人々の法則」という本があります。

この本の中で、グラッドウェルは、「10,000時間の法則」というものを説明しています。どんな天才と呼ばれる人達も、地道な下積みの時間を積み重ねていて、それがおよそ10,000時間だと云うのです。

私が、これを読んだ時に納得できたのは、20代の頃、司法書士事務所で働いていた時、合格者が口を揃えて、司法書士の試験を合格するためには、毎日10時間勉強して3年かかると言っていたからです。
365日×10時間×3年 = 10,950時間です。
(今の司法書士試験はどうかは分かりませんが…)

最近では、この10,000時間の法則に対して否定的な意見も出てきていますが、最近では、才能というのは諦めず、結果が出るまでトライし続ける事が出来る能力と云われています。

また、一方で、脳科学では、脳の可塑性についての研究が進んでいて、従来の脳の見方が変わってきています。
もしかしたら、皆さんの中にも、「20歳を超えたら脳細胞は減っていく一方」というのを聞いて信じている方がいらっしゃるかもしれません。それが従来の脳についての学者の見解でした。

昨今の研究では、脳には可塑性があり、脳は使えば使うほどに発達し続けるという事が分かっています。
しかも、脳は、特定の作業や仕事に時間を費やせば費やすほど、対応するように発達するというのです。
更に、ハッとさせられたのは、その現在の私達の状態が、ダイナミックに遺伝子へと反映しているという研究結果です。

確かに、持って生まれた才能というのはあると思います。
私の上の娘は、今、小学2年生ですが、生まれたころから歌が大好きです。
そして、腹の底から、大人顔負けの、まるでオペラ歌手みたいな声の出し方で歌を歌うのです。
機嫌が良いか、悪いかは、歌を歌ってるかどうかで分かります。

親バカと言われるかもしれませんが、かなり上手で、これは活かさないと勿体ないと考えまして、ピアノと声楽のレッスンを受けさせています。
実は、私の父方、母方、双方ともに、歌が上手な人が多い家系なのです。
そういう、血筋から来る才能みたいなものを感じる事は、皆さんも少なからずあると思います。

しかし、そういう才能も、元を辿れば、祖先が積み重ねてきたことが遺伝子に反映されたから、子供に発現する、という事なのです。
そして、先天的な能力とは別に、後天的に、ある特定の事に時間を費やすほどに、脳はその事に特化するように発達していく。
脳がこれだけ柔軟なのですから、才能があるなしに関わらず、やりたい事をやった方が良いと私は思います。。

ちょっと余談ですが、私はこの内容を本で読んだ時は、殺虫剤で死ににくくなるハエや蚊の事で納得しました。
殺虫剤を吹き掛けられて死ななかったハエや蚊は、その耐性を獲得して、ダイナミックに遺伝子に反映させるから、その子供たちには殺虫剤が効かなくなるんですよね。
ですから、ハエや蚊を根本的に駆除するためには、物理的に殺すのが一番で、そういう背景もあって、レーザー照射で蚊を退治するというプロジェクトがアメリカで進んでますよね。

この脳の可塑性と、遺伝子へのダイナミックな反映は良い事ばかりじゃないそうです。
例えば、食べ過ぎの食生活をしていると、肥満傾向の子供が生まれやすいそうなのでご注意を。

身につくかどうかより、選択肢を増やすために

従来の、国語・算数(数学)・理科・社会・英語を勉強するのは、それらが現代社会で生きていく上で最低限、必要な知識だからだというのは冒頭で述べた通りです。
そして、それらを学んだからといって、その道のプロになる必要はありません。

プログラミング言語をマスターして使いこなすには、3,000時間の経験が必要だと言われています。
それを考えれば、学校教育で必修科目として習ったとしても、多くの子供は、それでプログラミングを自由自在にできるわけではないでしょう。

しかし、プログラミングとはどういうものであるのかを知っている・知らないの間には大きな差があります。
学校教育の内、社会や理科、英語は、全体像を理解する方が重要です。
私達が、NHKの大河ドラマを観て、「面白い!」と楽しめるのは、日本史の全体像を学校教育で学んで理解しているからこそです。
プログラミングの達人にならなくても、プログラミングとはどういうものであるかを知っていると、それがどういうものであるかが大まかに理解できて、判断できるようになります。

そして、それが苦手なら苦手で良いのです。数学が苦手、世界史が苦手、英語が苦手。
それと同じです。プログラミングが苦手だと分かったら、それはそれでいいんです。
でも、もしも、プログラミングが楽しい、プログラミングが得意。それが分かったら、他の教科の好き嫌い、得手・不得手と同じように、そちらの道に進むことを考える、「機会」が生まれます。
これが重要なのです。
選択肢が増えることが大事なのです。

学校教育に、プログラミングを取り入れる事で、「プログラミングは特殊な才能を持ってる人しかできない」という、知らないが故の畏怖や恐怖から解放されるのです。

基礎知識があるから判断できる、その方面のビジネスが普及する

皆さんも、日々のお仕事の中で、「Webはよくわからない」とか「ITはよくわからない」という悩みを抱えていらっしゃるかもしれません。
良く分からないから、Webサイトを作ってもらっても、それが良いかどうか、分からない。見積金額が妥当かどうか分からない。
そうですよね、だって、知らない事ですもの。
自分でやってみたことがあって、実際に苦労してみないと、その作業にどれだけかかるも分かりません。

そして、分からないから、自分の知ってる範疇での「モノサシ」で測るのです。
それは、「見た目」です。見た目がかっこいいなら、「素晴らしいWebサイトを作ってくれてありがとう」とお金を払ってしまうのです。
そして、既存の「モノサシ」では測れないものについては、よくわからないから買わないのです。

だから、「失われた10年」どころか「失われた20年」の日本の現状があります。
その背景には、欧米での大学教育において、IT教育はほぼ必修に近いものだったのに、日本ではそうではなかったという事情があります。
今、世界で進めているのは、小・中・高校生へのプログラミング教育なのです。
先進国では、もう1990年代から大学生向けにIT教育を進めていたのです。

その結果、欧米においては、新しいITサービスは、大学を卒業したホワイトカラー層には、容易に理解されて普及していきました。
しかし、日本においては、「ITはよく分からない」という経営者や中間管理職ばかりが多く、理解できないので普及しない。
結果として、ホワイトカラーの生産性は、世界に比べて著しく低いのです。

でも、まだ間に合いますよ!
脳の可塑性のお蔭で、人は死ぬまで学び続けるほどに脳が発達するそうです。

お子さんをお持ちの経営者や起業家の方も多いと思います。
是非、一緒に、プログラミングを学んでみてはどうでしょうか?
いえいえ、プロになるためじゃなくて、一般教養としてですよ。

でも、それが、ITへの理解を促進して、あなたを変えるのです。

[前のページに戻る]